コラム:量子テクノロジーに関するベンチャーキャピタルの動向 ② 市場動向とIPO

By Maria Lepskaya (Runa Capital), Igor Kotua (Runa Capital) and Ivan Khrapach (Russian Quantum Center)

本記事は以前一部がTechCrunchに掲載されました。こちらは全編の完全版です。


コラム:量子テクノロジーに関するベンチャーキャピタルの動向 ① 量子業界の景観

 

市場動向とIPO


量子産業の成熟度を判断するうえで、市場動向はもっとも参考となる指標だろう。技術的な進捗が基本となって反映されているわけではないが、投資家のこの産業に対する意欲を表している。BCGによると、今後3~5年で、量子コンピュータメーカーは50億~100億ドルの売り上げをあげるという。マッキンゼーの予想では、化学業界や製薬業界が最初のユーザーだろうとされている。


量子技術は多くのVCにとって真新しい技術のようだが、数年前からこの動きを予見していた投資家もいる。そして今、最初のEXITが行われようとしている。


やはりIonQ社からであろう。同社は米国のイオントラップ型の量子コンピュータメーカーである。2021年にSPACを通じて評価額20億ドルで上場し、ピーク時には60億ドルで取引された。これによりIonQは、初のピュアプレイ上場量子コンピューティング企業となった。


バークレーに本拠を置くRigettiも、今年SPACを通じて株式公開予定だ。同社は超伝導量子コンピュータを開発しており、すでに80量子ビットとスケールアップしている。評価額4,500万ドルを1.5億ドルで調達する予定になっている。


IonQとRigettiの株式公開は、間違いなく2021年のトピックだ。彼らは業界全体の評価ベンチマークを設定し、すべての量子案件に影響を与えることになった。ここで重要視する必要があるのは、これらのIPOは、VCが技術の大幅な進展・商業化がなくても量子産業からお金を稼ぐことができることが示されたことだろう。


他に上場としてM&Aがある。その一つは、量子安全通信とセンシングで世界をリードするスイスのID Quantiqueである。2018年、同社の半分が韓国テレコムに6,500万ドルで買収され、Runa Capital の姉妹ファンドであるQwaveのファンドリターンとなった。この投資があったことにより、私たちは量子技術の可能性にはやくから気づいて、投資対象を拡大できたのだ。


量子プロセッサーは複雑であるため、現在実験室環境が必要である。古典コンピュータが登場した時には不可能であった、クラウド利用が望ましい状況になっている。そのため、量子ハードウェアのメーカーは、クラウドで使用するためのOSを独自に開発している。今のところ、80年代の Microsoft のように、量子OSの大企業が誕生するとは考えにくい。Microsoftの対局にあるのが、ハード・ソフトを自社でフルスタックで持っている Apple だ。

「技術の成熟にはまだ何年もかかるでしょうが、量子コンピューティング市場における将来の勝者は、今後2年間で決まるでしょう。フルスタックの量子ハードウェアの有力企業10社が、最初の統合フェーズを迎えると考えています。」と、Qu&Co.のCEOであるBenno Broer氏は言う。おそらく、量子コンピュータ業界は、スタートアップの買収によってスタックの断片を集めながら、このような道を歩んでいくのではないだろうか。


量子産業に賭けているのはなにもVCだけではない。世界中の国家的な量子プログラムは、過去15年間で、エコシステムに90億ドル以上を投資しているのだ。

例えば、中国の国家プロジェクト「量子制御」は、この期間にすでに10億ドルを投じており、現在、資金を増やしている。欧州の「量子フラッグシップ・イニシアティブ」は、過去20年間に5億ユーロを投じ、今後10年間は10億ユーロ以上を投じる予定だ。フランスは、今後5年間の "Plan Quantique "の予算が18億ユーロで、ヨーロッパ諸国の中でも際立っている。


アメリカ大陸も負けてはいない。カナダはすでに10億ドル、アメリカは今後5年間で12億ドル以上を国家プログラムに費やす予定だ。


世界中の政府が、量子技術の重要性と、費やすべき資金の多さを理解しているのは間違いない。ただ残念ながら国家による資金提供は、「センシティブ」な分野に投資したい一部のベンチャーに対して、門戸を閉ざしている。Institute of Quantum Control(量子制御研究所)ディレクターのTommaso Calarco氏はこう言った。「量子スタートアップを可能にするために充分な投資を行うこと、現在それが、おそらく強力な欧州の量子エコシステムを確立するためのボトルネックになっています。政府補助金と民間投資の相乗効果で、効率的かつ革新的に利活用することが、欧州の優れた専門知識を産業能力に転換させ成功を掴むカギになるでしょう。今後数年間、逃すことのできないチャンスが目の前にあります」と。

量子投資家は、各分野の特殊性を理解する必要があり、Runaの量子スタートアップマップは、力を貸すことができるだろう。





*map is shown on October 2021



量子通信が早期に成功したことを受けて、Runaのチームは量子の状況を詳細に研究することにした。当時は、量子市場が存在するかどうかさえ明らかではなかった。私たちは、量子スタートアップのエコシステム・マップを作成し、その結果を共有することにした。


Runaの量子スタートアップ・マップは、量子技術とスタートアップのステージに対応した12の領域に分かれてる。ステージは3つで、R&D、プロトタイプ、プロダクトを定義している。R&Dは、科学者が最初の実用的なプロトタイプを作るための最も早い段階のことだ。プロトタイプは、すでに機能するものが存在するが、通常は、研究室環境でのみ機能する手作業。 最後に、プロダクトの段階は、企業が最終顧客に販売できる、少なくとも1つの完全に動作する製品またはサービスが存在する。


技術面では、すべてのスタートアップを4つのカテゴリーに分類している。センサー&先端材料、量子ソフトウェア&アルゴリズム、量子通信&インターネット、量子コンピューティング&ハードウェアのそれぞれ4つである。


このマップでは、120のスタートアップを取り上げているが、その31%が製品段階、47%がプロトタイプ、22%が研究開発段階となっている。意外にも研究開発段階のスタートアップは、それほど多くない。助成金が手ごろであり、業界の特殊性から、その起源は大学の研究室やR&Dセンターにある。一般的には、これらのスピンオフは、研究室内で長い間閉じこもっていて、そこから出ることを急がないものだ。世界で約400の研究室が量子技術を扱っており、各研究室から最大2社のスタートアップがスピンオフできることを考えると、今後、量子スタートアップが何社になるか推定可能だろう。研究所の数や科学者グループの数がいきなり増えることはありえないので、この数字は今後数年間は安定して推移すると予想できる。しかし、ハードウェアのブレークスルーによって、研究所の外から量子ソフトウェアのスタートアップの新しい波が押し寄せるようになると、状況は変わっていくことになる。




製品を持つ量子ハードウェアのスタートアップは、他のカテゴリと比較して最も大きなラウンドを調達している。大規模な例としては、フォトニクスの新興企業であるPsiQuantumがあり、現在までに$650M(約750億円)を調達し、(面白いことに!)創業者の中にErwin Schrödingerの孫がいる。他のタイプと比較して、フォトニックコンピューティングは、特に光チップに莫大な資本が必要だ。もしチップの代わりに光ファイバー接続を用いた最初のコンピュータを実証・販売することができたら、将来的に設備投資を大幅に削減されるだろうが。量子フォトニック・コンピューティングには多くの懸念があるが、ORCAのようなプレイヤーが業界のパワーバランスを変える日が来るのかもしれない。


資金調達の2位となったのは、量子ソフトウェアである。興味深い点として、上位は共通の性質を持っているのだが、それはスタートアップがプロトタイプから製品段階への移行時に、資金調達が大きく「ジャンプ・アップ」していることだ。おそらく、この事実は、投資家の市場成熟度に対する期待を反映している。製品段階に到達すれば、多くの需要が発生する可能性が高いと。一方でセンサーや通信の場合は状況が違い、ジャンプの幅は大きくなっていない。投資家はこれらの市場について、まだ充分な確認を持っていないためだと考えられる。


当然ながら、総資金額と評価額の分布はよく似ている。ここでもハードウェアが1位となっている。中でもフォトニクス系は、平均して2倍以上の評価額となり、最も大きな貢献をしている。VCにとってフォトニクスは、ケーキの上のデコレーションのような存在なのであろう。しかし、別の角度から見てみると、資金調達の「ジャンプ」も象徴的だ。なぜならこれらの企業は、より高い評価額で、より多くの資金を調達しているのだ。これは投資家の興奮が特別であるというよりも、資金ニーズの高さを反映しているということだ。


VCは、量子センサーや通信にはあまり興味を持っていない。通信はおそらく最も国家予算が投入されているカテゴリだ。そして、サイバーセキュリティに関して、政府はそのようなリソースを、強いコントロール下に置こうと努力している。


センサーはどうだろうか。既に実用化されているものの、VCにとってはまだ色気のない市場のようだ。これは一般のVCから見ると、ハードウェアの呪縛を受け継いでいるのかもしれない。量子ソフトウェアのほうが、はるかに多くの資金を集めることができている。

「量子ソフトウェア企業が、資金調達総額や評価額の上限でこれほど目立っているのを見るとワクワクします。適切なソフトウェアがあれば、量子コンピュータが "プログラム可能な分子" の役割を果たし、古典コンピュータでは到達できないスピードと精度でシミュレーションができるようになると考えているからです。このようなシミュレーションは、材料設計や化学設計の分野で非常に有用であり、例えば、より効率の良い電池、触媒、ソーラーパネルの開発を加速させるでしょう。」と、QuSoft社の創設者である Harry Buhrman博士は述べている。


Runaの量子スタートアップマップは、量子エコシステムを、あたかもヘリコプターで見渡せるようになっています。しかし、すでに気づいているだろうが、このエコシステムは特に大きなものではない。量子スタートアップは、その投資家と同様、まだ希少種なのだ。



量子VC倶楽部


Crunchbase(*民間企業と公開企業に関するビジネス情報を見つけるためのプラットフォーム)によると、閉じこもったモードからすでに出ているアクティブな量子スタートアップは世界で約300社あるそうだ。


さて、Runa Capitalでは、量子スタートアップが話題になるずっと以前から、量子スタートアップへの投資を始めていた。2013年、Runa Capitalの量子に特化した実験的な姉妹ファンドであるQWave Capitalは、最初の賭けに出た。


もちろん、量子技術に投資しているのは我々だけではない。しかしそれでも世界ではほんの一握りである。Crunchbaseによると、少なくとも3社の量子スタートアップに投資したVCは、ベンチャーキャピタルファンドやアクセラレーターを含めても15社しかないそうだ。起業や大学のプログラム(Creative Destruction Lab, Innovate UK)、インキュベーター(European Innovation Council, AGORANOV)、マイクロVC(Acequia Capital)、投資銀行(Bpifrance)、政府機関(In-Q-Tel、National Science Foundation, SGInnovate)や機関(EASME)と合わせてようやく30というところである。


投資件数では、パリに本社を置くQuantonationが抜けていて、これまでに15の量子スタートアップを支援した。RunaとQuantonationは、フランスのPasqal(冷却原子量子コンピューティング)、スイスのQnami(センシング)、オランダのQu&Co(量子ソフトウェア)に共同投資している。


*diagram is shown on October 2021


他に目につくのは、量子関連投資を6件行っている米国のDCVCである。このファンドは、量子ソフトウェア(BEIT, Q-CTRL, BoxCat, Agnostiq, Horizon Quantum Computing)に重点を置いているようだが、超伝導量子コンピュータのRigettiも支援しており、まもなく上場する予定だ。Parkwalk Advisors は、英国の量子スタートアップ5社を傘下に置き、このリストで3位にランクインしている。Quantum Motion Technologies, Oxford Quantum Circuits, Riverlane, Phasecraft, Nu Quantumの5社である。

Runa Capitalは4つの量子スタートアップに投資し、HTGF, Oxford Sciences Innovation, Airbus Ventures, Bloomberg Beta, Techstarsと共に4位を獲得している。


トップクラスのアクセラレーターも、量子技術への投資を躊躇はしていない。Techstars、Plug and Play、Y Combinator、Entrepreneur Firstは、超初期段階のベンチャー企業にアクセスできるため、他の人が気づく前にスタートアップを「キャッチ」することが可能だ。これは、何十ものスタートアップが見えない段階に留まっている量子産業において、特に有益なことであろう。


これだけ話題になっていても、量子投資はまだ主流ではない。2021年の量子投資は約90件で、2020年にかなり近づいている。資金調達額も2021年は14億ドル、2020年は7億ドルと他のベンチャー産業と比べるとまだまだ小さい。


Runa Capital会長、SIT創業者・会長、Acronis創業者のSerguei Beloussov氏は、次のように述べている。

「"量子おもちゃ "と呼ばれる第一世代の量子コンピュータの市場を作り、投資しているところですが、これらは、現時点では何が出来るかを見つけるために重要なものなのです。このような応用は、私たちが知っている応用よりも、さらに大きな経済的インパクトを与えるかもしれません」。


量子投資は長期戦であり、忍耐力、専門知識、コミットメントが要求される。ジェネラリストVCは確かにグロースラウンドに参加できるかもしれないが、アーリーステージの量子ベンチャーは間違いなくスペシャリストVCの運命であり、この状況がすぐに変わることはないだろう。


この記事に関するご質問や、量子スタートアップの創業者、または量子投資に関する協力にご興味のあるVC投資家の方はいらっしゃいますか?

遠慮なく私 (ml@runacap.com ) または Dmitry Galperin (dg@runacap.com) にメールを送ってください。


謝辞


Thanks to Dmitry Galperin (General Partner, Runa Capital), Serguei Beloussov (General Partner and Chairman, Runa Capital), Nicolas Gisin (Co-founder, ID Quantique), Christophe Zurczak (Managing Partner, Quantonation), Benno Broer (CEO and co-founder, Qu&Co), Alan Aspuru-Guzik (CSO & Founder, Zapata Computing), Matthias Winter (Senior Partner, McKinsey & Company), Alex Fedorov (Junior Principal Investigator, Russian Quantum Center), Konstantin Vinogradov (Runa Capital), Daniil Okhlopkov (Data Lead, Runa Capital), Harry Buhrman (Founding Director, QuSoft), Tommaso Calarco (Director, Institute of Quantum Control), Artur Ekert (Professor of Quantum Physics, University of Oxford), Denis Kalyshkin (Principal, I2BF Global Ventures), Daniel Shaposhnikov (Partner, Phystech Ventures) who reviewed the draft of this article and provided valuable feedback and quotes.



(*訳者注)



※参考


◆Runa Capital

https://runacap.com/


◆Qu&Co.

https://quandco.com/ja/


◆Institute of Quantum Control.

https://www.fz-juelich.de/pgi/pgi-8/EN/Home/home_node.html


◆QuSoft.

https://www.qusoft.org/


◆Pasqal

https://runacap.com/companies/pasqal/


◆Qnami

https://runacap.com/companies/qnami/



(翻訳:Hideki Hayashi)

提供:Quantum Computing Report