特集:次の量子コンピュータ上場を果たすベンチャー企業はどこか?

こんにちは、量子コンピュータ業界をビジネスの視点から見つめなおすということで不定期に寄稿させていただくことになりました。今回は量子コンピュータ投資の観点から特集を一つ組ませていただきました。


2021年の大きなニュースの一つに、米国に本拠地を置く量子コンピュータハードウェアベンチャー企業のIonQの上場があります。それまで量子コンピュータ企業は未公開の企業がほとんどで、大手のIT企業を除けば私たちがビジネスや株取引の観点で、量子コンピュータの恩恵を受けることはあまりありませんでした。そこに、IonQ社はSPACと呼ばれる手法で上場を果たしました。量子技術的にはまだ成熟しているとはいいがたいものの、2021年12月現在、上場してから二か月目で株価は上場時$10の二倍弱の$18程度で推移しています。一時は$28まで上昇しました。このIonQの上場ニュースにつられて量子コンピュータ業界では様々な企業のSPACを含む上場の予想がなされました。2021年現在の世界の投資傾向を把握したうえで、現在の上場が有望な有力ベンチャー企業を概観してみます。


現在はハードウェア企業への投資がブーム

米国に本拠地を置くコンサルティング会社、ボストンコンサルティンググループが2021年夏に発表した最新の量子コンピュータレポートでは、量子コンピュータへの投資額が年々増大している様子がレポートされています。


https://www.bcg.com/publications/2021/building-quantum-advantage


レポートによると、2019年には業界全体での量子コンピュータベンチャー企業への投資額は226百万ドルだったのが、翌年の2020年には679百万ドルに急増しています。これは、2012年には業界全体での投資額が、わずか5百万ドルだったのに比べると急激な増加と言えるでしょう。2021年にはブラックロックが米国の光量子コンピュータベンチャーへの単体投資額で450百万ドルを達成していますので、さらにこの数字は積みあがると予想されます。


また、2018年以降に量子コンピュータベンチャー企業への投資額の73%がハードウェア企業への投資という流れが顕著で、現在量子コンピュータ業界は高性能ハードウェアが渇望されるという状況を反映しています。量子コンピュータハードウェア企業は2030年を見据えて高性能な量子コンピュータの提供を目指して世界中での開発競争が行われており、多くの方式がしのぎを削っています。


IonQ社もその中でも先駆けてNY証券取引所への上場を果たし、日々新技術の発表や提供を果たしています。


大手IT企業のクラウドサービスの台頭

なぜ急激にハードウェア企業が上場を果たせるようになってきたのか、その背景にはGoogle、Amazon、Microsoftなどの大手IT企業がクラウドサービス経由での量子コンピュータの提供を加速させてきたことがあります。


2020年以前は主にGoogle社とIBM社が量子コンピュータハードウェア開発競争を行っており、それまではカナダの量子アニーリングマシンの先駆けであるD-Wave社や、IBMから独立した技術者で立ち上げられたRigetti社などベンチャー企業を含めて、自社でハードウェア専用のクラウドサービスをユーザーに限定提供するというハードウェアの環境が主でした。


状況を大きく変えたのは米国のクラウドサービスの大手Amazon社で、複数種類の量子コンピュータをクラウド経由でユーザーが自由に選べるという方式を採用し、提供を開始しました。それに追従するようにGoogle社もGCPでのIonQの提供、Microsoft社もAzureでのHoneywellやIonQの提供と各社急激に量子コンピュータの取り扱いを広げたことで、ユーザーへの浸透が一気に進み、IonQ上場への布石となりました。また、それまで利用金額も月額数十万円から数百万円だったのが、クラウドへの搭載により数円から利用ができるようになったことも市場を大きく伸ばす要因となりました。


続くハードウェアブーム

ハードウェア優位の状況はいまだ継続しており、世界中で新しいハードウェア企業の立ち上げとサービスロードマップの発表や実際の提供開始が続いています。2021年からの特徴は、それまで米国一辺倒だったベンチャー企業の活躍が全世界的に広がってきたところです。上場したIonQ社は「イオントラップ」と呼ばれる方式での開発と上場を果たしました。タイミング的にもそれまでRigetti社やD-Wave社が開発してきた「超伝導」と呼ばれる方式よりも先に性能をアピールできたのも大きかったです。最近では「冷却原子」と呼ばれる、イオントラップに似ていますが、より大規模化したマシンも米国や欧州で相次いで発表されており、開発競争はさらに過熱化しています。また、上記三方式とは少し系統が違いますが、「光」を使った方式も量子暗号通信などとの相性で、セキュリティが注目される現在で多くの企業が開発を発表し始めています。量子コンピュータの上場については米国が優位であることは間違いないですが、イギリスやEUの一部の企業にも注目をする必要があります。ここでは、増大するハードウェア企業への投資とトレンドを見て、注目のハードウェア企業と少しソフトウェア企業を見てみたいと思います。


Rigetti(超伝導・米国)

すでに次のSPAC上場がアナウンスされているベンチャー企業があります。それが米国に本拠地を置くRigetti社です。Rigettiは2021年10月にSPACでの上場をアナウンスしました。


https://www.rigetti.com/merger-announcement


Rigettiは超伝導と呼ばれる方式を開発しているハードウェア企業で、以前はソフトウェアにも一時期進出をするため、同じ米国のワシントンを本拠地に置くQxBranchを買収してソフトウェアの売り上げを求めた時期もありました。GoogleやIBMなどの巨大資本企業と超伝導方式と呼ばれるハードウェア方式で競争を行いました。多くの著名投資会社が資本参加しており、近年ではAmazon社のAWSへのハードウェア提供でも話題になりました。また、つい先日Rigetti社はMicrosoft社のAzure上でもハードウェアの提供をアナウンスしています。


https://www.quantumbusinessmagazine.com/post/rigetti


Google社のQuantum AIのページでは公式発表はありませんが、Rigetti社のハードウェアのサポートが示唆されており、IonQに続いて、各社へのクラウドサービスへの量子コンピュータハードウェアの提供を通じた売上アップを目指した動きになりそうです。ハードウェアの性能面では現在イオントラップ型が性能面で圧倒していますので、今後の巻き返しや独自戦略が見どころになりそうです。


Quantinuum(イオントラップ・英国)

聞きなれない企業名ですが、イギリスのCambridge Quantumと米国のHoneywellの量子コンピュータ部門であるHoneywell Quantum Solutionsが合併してできた新しいベンチャー企業です。


https://www.quantumbusinessmagazine.com/post/honeywell-quantum-solutions


Cambridge Quantumはイギリスに本拠地を置き、ソフトウェア・ミドルウェア企業で、量子コンピュータ向けのSDKや乱数生成サービスなどを提供している企業です。日本にも支店があります。一方Honeywellは米国の大手企業ですが、新事業としてHoneywell Quantum Solutionsを展開しており、現在Microsoft社のAzureプラットフォーム上でハードウェアを提供しています。今回はHoneywellの事業がスピンアウトする形でCambridge Quantumと合併し、あたらしいベンチャー企業として生まれ変わりました。


Honeywell社のハードウェアはIonQと同じイオントラップ方式となっていて、公式には現在出ているハードウェアの中では最も量子ボリュームが大きい1024の値を達成しています。量子ボリュームは以前IBMが提唱した量子コンピュータの性能を図るための指標で、現在最も利用されているものとなっています。


今後Quantinuumも上場を目指してソフトウェアとハードウェアの両面からサービス展開を加速するものと思われます。


Xanadu(光量子・カナダ)

Rigettiの投資家であるBessemer Venture Partnersや、最近話題のヘッジファンドTiger Globalなどが出資するカナダトロントに本拠地を置くXanaduも有力ベンチャーの筆頭です。Xanaduは量子コンピュータの方式としては光を使った方式となっていて、GoogleやIBMやIonQなどの提供してる量子ビットタイプの量子コンピュータとは少し異なるものを提供しています。彼らは現在X8と呼ばれるシリコンナノフォトニクスチップを限定でクラウド公開しており、量子モードと呼ばれる数え方で量子ビットの代わりとなる光方式でのチップ開発を行っています。


先日100億の投資を受けハードウェア開発を強化すると並行して、二種類のミドルウェアを提供しています。一つがStrawberry Fieldsと呼ばれる光量子コンピュータ向けのソフトウェア開発キット。もう一つがPennylaneと呼ばれる量子コンピュータと機械学習を扱うツールとなっています。PennylaneはAWSにも採用されており世界中で人気となり始めているために注目となっています。ハードウェアもソフトウェアもこなすXanaduはかなりの注目ではないでしょうか。


Coldquanta, Atom Computing,QuEra(冷却原子・米国)

こちらの米国3社はそれぞれ冷却原子と呼ばれる方式を採用しており、現在流行しているイオントラップの次に流行りそうな方式として急激に注目を集めています。ポイントは量子ビット数が多いということで、各社100-1000量子ビット程度の大規模マシンをアナウンスしています。最近では投資が急激に流入し、各社人材も大手からの採用などニュースが多い分野となっています。実際のハードウェアの市場への投入は予想よりも速い2022年第一四半期とアナウンスされており、2024年には1000量子ビットの量子ゲート方式の量子コンピュータの提供が予定されるなど、IonQやHoneywellなどのイオントラップに次いでの注目株となっています。QuEraはAmazonのAWSへの近日の搭載がアナウンスされており、米国量子コンピュータ企業のダークホースとして急激に注目を浴びています。本特集でも一番の目玉としてQuantinuumやXanaduと合わせて最有力で期待したいと思います。


PsiQuantum(光量子・米国)

最近ブラックロックから500億円余りの投資を受けたことで話題となりました。光量子コンピュータのハードウェアを開発しており、2025年に100万量子ビットの量子コンピュータを開発するということでロードマップを発表しています。チップの詳細や技術内容に関しては情報があまり流通しておらずかなり限定的ですが、誤り訂正付きの大規模ハードウェアをアナウンスしており、期待されています。市場へのハードウェアの投入がまだなので、市場からの評価が難しいですが、2025年近くに何かしらの発表を期待してしばらく投資の動きに注力するのがよいでしょう。


AQT(イオントラップ・オーストリア)

IonQやHoneywellといったような米国のイオントラップ企業が注目されますが、欧州にも一社イオントラップのベンチャー企業が存在し、確実に開発を進めています。最近では19インチサーバーラック2台分へと小型化に成功した常温動作のイオントラップ24量子ビット量子コンピュータを発表しています。特に現在はイオントラップが流行っていますので、ベンチャー企業としての調達や上場というのはいいタイミングかと思います。AQTはあまり投資の情報が出回っておらず、開発状況や提供状況なども不明点が多いです。唯一Google CirqのチュートリアルにAQTのハードウェアの提供が掲載されていますがあまりに情報が限定されていて判断が難しいでしょう。


Pasqal(冷却原子・フランス)

フランスのマクロン大統領は量子コンピュータへの国を挙げての支援と投資を表明しており、最近ではフランスでの量子コンピュータベンチャー企業や大学の活動が急激に活発化しています。Pasqalは冷却原子を利用したマシンとなっていて、100量子ビット級のマシンの提供をアナウンスしています。最近ではNVIDIAと提携したりと順調に産業化に進んでいる欧州でも注目のベンチャー企業として急浮上しました。


ORCA(光量子・英国)

光量子コンピュータのハードウェアを提供していて、最近イギリスのプロジェクトで量子データセンターの研究開発を主導しています。また、小型の光量子コンピュータの開発に成功というアナウンスをしています。課題は知名度でまだまだ世界では知名度が低いので、今後知名度を上げて事業拡大をしていく必要がありそうです。ただ、最近急激に名前を聞く機会が増えたので要注目です。


QCWare, Zapata Computing(ソフトウェア・米国)

ハードウェアが流行っているため、相対的にソフトウェア企業のニュースを聞くことが少なくなりましたが、QCWareやZapataはそれでもまだ順調に一歩ずつ事業を固めていると思われます。QCWareも最近大型調達を済ませており、ハードウェア企業ほどは派手ではないものの、カナダや米国のソフトウェア企業は順調に業績を積み上げていると思われます。2021年現在でのソフトウェアはあまりいい状況ではなく、2030年ごろを見越しての実用化という見通しとなっており、今後実用化までの9年をどのように戦略的に過ごしていくかも大きな課題と対応力のポイントとなりそうです。


Classiq(ソフトウェア・イスラエル)

フランスと合わせて近年急激に量子コンピュータが注目されている国がイスラエルです。Quantum MachinesやClassiqが相次いで大型調達を達成しており、Classiqも急激に活動を活発化させています。ソフトウェア・ミドルウェア分野なのでハードウェアとのコンビネーションをどうするかが今後の発展のかなめになると思いますが、イスラエルは今後注目の国となるのは間違いないでしょう。


まとめ

現在量子コンピュータ市場を概観するうえで最も大切になるのは、ハードウェアの開発状況でしょう。IonQやHoneywellがイオントラップ方式で先行する中、米国やフランスでは冷却原子がそれを追うように登場し、市場投入が間近となっています。量子ビット数が急激に増加しており100量子ビット越えのマシンは珍しくなくなってきました。また、上場企業が登場したことで一般層への浸透も急激に進んでおり、量子コンピュータ技術者を目指す人材も世界中で急増しています。一方でIonQを追っていると感じるのは量子技術のビジネス応用の難しさと、事業化の難しさです。それらが量子コンピュータという夢のある分野に組み合わさって面白味も倍増しています。読みづらい市場と技術に関してぜひ自分なりの解釈を当てはめて分野にトライしてみてください。以上です。


(blueqat社・湊雄一郎)


 

今回の記事は、Quantum Computing ReportやQuantum Business Magazineが提供する有料データベースを眺めていて書こうと思いました。各国のベンチャー企業の一覧と投資家一覧や各企業のハードウェアの性能スペック一覧などの客観的なデータをもとに市場を理解する必要があるからです。欧州は技術的にはオーストラリアやフランスが頑張っていますが、やはり投資という観点からいうとイギリス・カナダ・米国が圧倒していて技術力だけでない資本力の差というのを感じる場面も多々ありました。