コラム:シリコン・スピン、"99%クラブ" に参加する

By Andre Saraiva, UNSW(ニューサウスウェールズ大学)



全ての道はシリコンに通じている。


CMOS産業が開発した比類なき集積能力、それが全ての量子ビットメーカーを引き付けて止まない。超伝導、光子、イオントラップは、今まさにファウンドリーでの製造に対応するよう改良されているのだ。しかし、スピンは生まれながらにして、シリコン量子ビットであり、この技術に対する期待はそれだけに大きい。今回、オランダ、オーストラリア、日本という世界の3つの地域で、シリコン中のスピンが、量子ビットとして成立するためのマイルストーンである99%以上の2量子ビットの忠実度が、同時に達成されたのだ。


「99%は多いのか?」という疑問がすぐに浮かぶだろう。人間の脳では直感的に充分なのではないかと考えるかもしれない。それでも100回の演算に1回の割合でエラーが発生すると考えるとどうだろうか。何千もの量子ビットと、何百万もの演算を組み合わせたらどうだろう、とてもではないがすぐに壊滅的な状況になってしまうのが分かる。例えば、暗号アルゴリムにRSA-2048がある。これを解読するためにShorのアルゴリズムの実装を考えてみる。20万ドルの賞金を獲得できるこの課題をクリアするには、1兆分の1のエラーしか許容できないとされている。そのため、量子コンピュータに批判的な意見には、そのような装置を作るのは不可能だという人もいるくらいだ。


どんなに注意深く工学的手法を用いたとしても、個々の量子ビットのエラーを理想まで下げることは不可能だ。しかし代わりに科学者やエンジニアは、論理的な量子ビットを作ることに集中している。何万、何十万もの物理的な量子ビットを冗長に配置し、全体でエラー率を大幅に低減させようとしている。忠実度は高ければ高いほど必要なオーバーヘッドが少なくなる。そのため、Google、IBM、IonQなどの企業は、99%という目標をとっくに達成し、さらに高みを追及し続けている。


では最初に書いたスピンは何故99%でニュースになるのだろうか。シリコンのスピンは、数十ナノメートルと小さく、同じチップに何十億もの量子ビットを搭載できるのはこの技術だけだからである。他の技術はすべて、別々のチップを接続するか、NISQアプリケーションで満足する必要があるだろう(Shor、Grover、普遍性などはない)。つまりスピンは、制御の忠実度では劣るかもしれないが、スケーラビリティと誤り訂正の見込みで、そこを補うことが期待できるのだ。


2つ目の理由として、誤り訂正の競争に参加するには、99%が最低ラインの忠実度である点があげられる。幾らオーバーヘッドを払っても、個々の演算があまりに不完全であるなら誤り訂正は失敗してしまう。それ以上のエラー率に対応できるような訂正コードはほとんどなく、ゆえに「99%クラブ」が結成されている。現在このクラブは極めて少数派だ。超伝導とイオントラップだけが、既に製造されたシステムでこの忠実度を達成している(他にダイヤモンドのNVセンターや、NMR分子など達成可能なものもあるが、それらは原子の偶然の配列に依存している)。


さあ、次へ行こうじゃないか。


確かに今回のニュースは良いできごとだが、かと言って素晴らしいものではない。幾つかの制御技術によって、ノイズを減らし、より強固なパルスを作ることができるだろう。誤り訂正を現実的に実現するためには、このまま忠実度をもう一段階上げることができれば、そこには大きな違いが生まれていくだろう。


また、量子ビットを増やしていく中で、どこまでこの忠実度を実現できるかも課題である。Crosstalk(互いに非常に近い距離にある量子ビットの間で起こる意図しない相互作用)が作用し、課題は倍化していくのだ。超伝導体やイオンが平均99%の忠実度を達成して久しい。まだ、シリコン技術は先行技術に追いついていないのだから。



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Saraiva博士は、10年以上にわたり、シリコンスピン量子計算やその他の量子技術における問題に対する理論的解決策を提供してきました。現在もUNSW(ニューサウスウェールズ大学)で、MOSシリコン量子ドットの研究および商業志向のプロジェクトに取り組んでいます。


(翻訳:Hideki Hayashi)

提供:Quantum Computing Report