レポート:1月発表の研究論文


By Dr. Chris Mansell


過去1ヶ月間に発表された量子コンピューティングと量子通信に関する興味深い研究論文の概要を紹介します。


【Hardware】


Title: Demonstration of Density Matrix Exponentiation Using a Superconducting Quantum Processor(超伝導量子プロセッサーを用いた密度行列の指数関数計算の実証実験)

Organizations: Massachusetts Institute of Technology; Chalmers University of Technology; Duke University


2014年、一つの理論論文が発表された。そこには、ある量子状態の複数の物理的コピーを用いて、その状態に基づくユニタリーを構成できることが示されていた。それは密度行列の指数関数化と呼ばれ、量子版の主成分分析に利用することが当初のアイデアである。その後、幾つかの応用例が考案されたが、実験として実証されたものはない。この新作論文は、超伝導トランスモンクビットを用いて、70以上の演算を行う回路を実現し、実際にアルゴリズムが動作する様子を示したものだ。NISQデバイスでこのような手順を実装し得られた教訓はもちろん貴重なものであるが、このアプローチの威力が発揮されるのは、フォールト・トレラント時代に突入してからであろう。

Link: https://journals.aps.org/prx/abstract/10.1103/PhysRevX.12.011005



Title: Ultrastable Free-Space Laser Links for a Global Network of Optical Atomic Clocks(光原子時計のグローバルネットワークのための超安定自由空間レーザーリンク)

Organization: The University of Western Australia


安定性の高い自由空間レーザーリンクのグローバルネットワーク、これは量子鍵配布をはじめとし、様々なアプリケーションに非常に有効である。ただ残念ながら、大気の乱れによる位相ノイズと振幅ノイズの両方が発生してしまう。新しい研究では、フラクショナル・スタビリティ「6.1×10^{-21}」で、これは、これまでのリンクの100倍安定性を持つだけでなく、現代の原子時計にも匹敵するものである。この成果は、連続波レーザー、傾斜ミラー、厳密な温度制御、および試行錯誤を重ねたノイズ低減技術によってもたらされたものでだ。つまり、量子通信の伝送距離と鍵の生成速度を向上させることができるのだ。

Link: https://journals.aps.org/prl/abstract/10.1103/PhysRevLett.128.020801



Title: Towards practical quantum computers: transmon qubit with a lifetime approaching 0.5 milliseconds(量子コンピュータの実用化に向けて:0.5ミリ秒に迫る寿命を持つトランスモン量子ビットを開発)

Organization: Beijing Academy of Quantum Information Sciences


超伝導量子ビットのコヒーレンス時間は、イオン、原子、ダイヤモンドNVなど他のプラットフォームに比べ短いものだ。超伝導の一般的な設計は、トランスモンである。これは様々な材料で作成することが可能だが、最も性能が良いのは、アルミニウムかニオブだと言われる。この新たな研究では、タンタルで作られたトランスモン量子ビットが、これら2つよりも系統的に優れていることが判明した。特に重要なのは、トランスモンが産業用規模に適したドライエッチング・プロセスで製造されていることだ。この最適化により、コヒーレンス時間は0.5ミリ秒となり、世界中の同様の研究グループによるさらなる研究開発により、ミリ秒以上まで伸ばせるようだ。

Link: https://www.nature.com/articles/s41534-021-00510-2



Title: Quantum Neuronal Sensing of Quantum Many-Body States on a 61-Qubit Programmable Superconducting Processor(61量子ビットのプログラマブル超伝導プロセッサによる量子多体系の量子ニューロンセンシング)

Organizations: University of Science and Technology of China; Shanghai Research Center for Quantum Sciences; SOKENDAI; NTT Basic Research Laboratories and Research Center for Theoretical Quantum Physics; National Institute of Informatics; Okinawa Institute of Science and Technology Graduate University


この印象的な実験論文の著者らは、量子ニューラルネットワークにより、多体系量子状態が、エルゴード的なのか局所的かを判断させることに成功した。彼らの量子回路は、分類するために高度にもつれた状態を生成することから始まる。その後量子ニューラルネットワークを実装し、さらに大きな量子状態での実験を行った。64個の超伝導量子ビットが正方形の格子状に配置され、そのうちの3個は十分に機能しなかったために除外された。61量子ビット状態の分類精度は、小規模な16量子ビット状態の分類精度をわずかに下回っただけであり、このアプローチのスケーラビリティが期待される結果となった。

Link: https://scirate.com/arxiv/2201.05957



Title (1): Quantum logic with spin qubits crossing the surface code threshold(surface code閾値を越えるスピン量子ビットを持つ量子論理学)

Organizations (1): Delft University of Technology; Netherlands Organisation for Applied Scientific Research

Link (1): https://www.nature.com/articles/s41586-021-04273-w


Title (2): Precision tomography of a three-qubit donor quantum processor in silicon(シリコン中の3量子ビットドナー量子プロセッサの精密トモグラフィー)

Organizations (2): Delft University of Technology; University of Copenhagen; Université Grenoble Alpes; UNSW Sydney; University of Technology Sydney; Ain Shams University; Sandia National Laboratories; Keio University; University of Melbourne

Link (2): https://www.nature.com/articles/s41586-021-04292-7


Title (3): Fast universal quantum gate above the fault-tolerance threshold in silicon(シリコンで耐障害閾値を超える高速万能量子ゲートを実現)

Organizations (3): RIKEN; Delft University of Technology; Netherlands Organisation for Applied Scientific Research;

Link (3): https://www.nature.com/articles/s41586-021-04182-y


(1)、(2)、(3)のまとめ:これまでは、surface codeの耐障害性の閾値に達していたスケーラブルな量子プラットフォームは、イオントラップと超伝導の2つであった。Nature誌に載った3つの新たな論文で述べられているのは、そこにシリコンが加ったことである。実験のうち2つはシリコン量子ドットを用いたもので、3つ目はシリコン中のリン不純物を用いたものだ。改良された材料、論理演算への新しいアプローチ、より丁寧な校正を行い、異なる研究グループは、印象的な1量子ビットおよび2量子ビットゲートを実証し、いくつかの量子アルゴリズムを実行してそれを披露した。シリコンは、高度な半導体製造技術との相性が良いため、将来に期待がもてる。続くマイルストーンは、量子ビットの読み出しの忠実度を向上させることだろう。



【Software】


Title: Quantum computational advantage via high-dimensional Gaussian boson sampling(高次元ガウスボソンサンプリングによる量子計算の優位性)

Organizations: NIST / University of Maryland; Caltech; Xanadu Quantum Technologies; University of Toronto; École Polytechnique de Montréal; Freie Universität Berlin; Helmholtz-Zentrum Berlin für Materialien und Energie; The University of Chicago; Universität Ulm


GBS(ガウスボソンサンプリング)プロトコルを光量子計算機で実現すれば、量子的な優位性を実証できるかもしれない。しかし、現在の実験プラットフォームはほとんどがプログラム可能ではなく、光子の損失率もあまりに高い。さらに、その基礎となる理論も、他の量子優位性方式と比較して、厳密なレベルにあるとは言えない状況だ。本論文の著者らは、光遅延線と高速でプログラム可能な光スイッチを使用できるようにプロトコルを修正することで、これらの問題を克服する方法を提案している。これにより、漸近的で複雑性の理論的な議論も可能になるだろう。彼らの推定によれば、光技術は、古典的なスーパーコンピュータが完全に処理不能とする領域で、この新しいプロトコルを実行する能力をすでに持っているのである。

Link: https://www.science.org/doi/10.1126/sciadv.abi7894



Title: Quadratic Speed-Up for Simulating Gaussian Boson Sampling(ガウスボソンサンプリングの二次的高速化)

Organizations: Xanadu; École Polytechnique de Montréal; University of Bristol; Imperial College London; University of Edinburgh


これまでの論文は、量子プロトコルの改良によって、量子プロセッサーが古典プロセッサーを追い越そうとしているように見える例であった。しかし、通常のコンピュータも同様に加速器に足をかけることができることを忘れてはならない。例えば、この論文では、標準的なガウスボソンサンプリングのシミュレーションを行うための新しい古典的アルゴリズムについて述べているが、このアルゴリズムは、従来の技術水準よりも二次的に高速である。これでもまだ、量子デバイスのスケーリングが指数関数的に向上していることに変わりはないが、この競争が決して楽なものではないことを示すものであり、注目に値すべきものだ。野心的な実験グループにとって直接的な影響は、従来のガウス粒子サンプリングのセットアップが、大規模なスーパーコンピューティングクラスターではなく、単一のワークステーションで完了するようになったことだろう。

Link: https://journals.aps.org/prxquantum/abstract/10.1103/PRXQuantum.3.010306



Title: QNet: A Scalable and Noise-Resilient Quantum Neural Network Architecture for Noisy Intermediate-Scale Quantum Computers(スケーラブルでノイズ耐性のある量子ニューラルネットワークアーキテクチャを用いた中間スケール量子コンピュータの実現)

Organization: Pennsylvania State University


QNN(量子ニューラルネットワーク)は、教師あり学習課題を解決することができるが、その規模は小さく、NISQデバイスの限界となっている。この記事の著者らは、QNNを実装できる量子デバイスを複数入手し、それぞれに入力ベクトルの一部分を与えることができると提案している。古典的な非線形活性化関数を適用した後、その出力をシャッフルし、QNNにフィードバックするというものだ。このアプローチがどの程度有効であるかを古典的にシミュレーションし、広範な分類データセットにおいて、平均して、基本的なQNNよりも43%高い精度が得られることを発見した。シミュレーションでは、クロストークの誤差を除き、実施の量子ハードウェアで発生する可能性のある最も顕著な種類のノイズが用いられた。今後は、シミュレーションから実際の実装を行い、精度とノイズ耐性が維持されるかどうか調査を進めていく。

Link: https://scirate.com/arxiv/2201.03540



Title: Erasure conversion for fault-tolerant quantum computing in alkaline earth Rydberg atom arrays(アルカリ土類リュードベリ原子配列におけるフォールトトレラントな量子コンピューティングのための消去アルゴリズム)

Organizations: Yale University; University of Wisconsin-Madison; Princeton University


リュードベリ状態に励起された超低温原子の配列は、様々な量子技術にとって有望な実験プラットフォームである。問題となる誤差要因の一つは、リュードベリ原子の崩壊だ。このプレプリントでは、この崩壊の98%を計算上の基底状態以外の状態へ遷移させることが可能なことを説明している。これらの状態は、量子ビットレベルを乱すことなくモニターできるため、どの原子にエラーが発生したかを検出できるという。エラーの位置が分かれば修正が楽になる。著者らは、このシステムのsurface codeの障害耐性閾値は、通常の1%ではなく、約4%になると計算した。フォトニック量子ビットに関連するアイデアは、これまでにも研究されているが、これは物質ベースの量子ビットに関する最初の実質的な研究の一つである。

Link: https://scirate.com/arxiv/2201.03540



(翻訳:Hideki Hayashi)

提供:Quantum Computing Report