コラム:Microsoftのマヨラナ。長い旅路の再スタート
Microsoftから、Azure Quantumにとって「歴史的なマイルストーンである」と、プレスリリースがありました。というのも、彼らのデバイスでマヨラナ粒子を得ることができたからです。マヨラナ粒子は、1937年にEttore Majoranaにより初めてその存在が理論化されました。しかし、実験でそれを確認することはとても困難でした。それにも関わらずMicrosoftが、この技術により量子コンピュータを作ろうと考えたのは、あまりにも興味を引く性質をもっていたからです。それはトポロジカル量子コンピュータと呼ばれ、はじめから誤り訂正機能を内蔵している可能性があるのです。つまり、桁違いにエラー率の低い量子ビットが実現でき、フォールトトレラントな量子プロセッサの構築が容易になるかもしれないのです。
これまでマヨラナ・ゼロモードと呼ばれていたものは、構築と検証がとても難しく、彼らはこれらが本物であることを示すために、数十年前から取り組んできました。2018年、彼らのオランダにあるチームが、マヨラナの存在を確認できたと考え、その粒子の存在証明と思われたデータを「Nature」誌に論文として発表します。ところがその後、データ分析に誤りがあったことが判明し、チームは悔しながらも論文撤回に至りました。
しかしMicrosoftは、倍返しとばかりにこの研究に力を入れ、粘り強く取り組んでいます。世界中にいる協力者をチームに迎え入れました。また誇大なシミュレーション能力を駆使して、Azureクラウドでコンピュータ・モデルを作成し、物理特性をシミュレート、彼らが「マヨラナ・ゼロモード」と呼ぶものを実現し、理論が正しいことを証明できるような正しい材料と構造を探しました。注意深く慎重にことを進めてきました。幾つかの基準を作成し、トポロジカル超伝導の相を特定するためのプロトコルを論文として発表します。それから社内の大規模なチームと外部の専門家、両者でデータを慎重にレビューしました。そして「ついに成功した」という結論を得たのです。
この結果についてMicrosoftは、プレスリリースや研究ブログ、ビデオなどを通じて発表しています。しかし、一般消費者の中には、非現実的な期待を抱いている人もいるのではないでしょうか?この成果を正しく理解しておきましょう。彼らがトポロジカルベースの誤り訂正量子コンピューティングをすぐにでも導入する、というアナウンスを、誇大に信じないよう注意しなければなりません。
認定業界誌でのピアレビューを経ていない Microsoftが、社内の多くの人と、少数の外部の専門家にデータ確認を依頼したことは素晴らしいことです。しかし、透明性を高め、データを外部にも提供することが重要でしょう。また見落としなどもあるかもしれません。出来る限り多くの人にデータを確認してもらう必要があります。彼らの功績と言えるのは、論文「Protocol to identify a topological superconducting phase in three-terminal device」を発表し、マヨラナ相の存在確認方法を説明したことです。また、業界誌に何かを発表することを示唆していますが、知財を全て出すことはないと述べています。一つの形として提案したいのは、Nature誌に掲載されたGoogle Quantum Supremacyの論文です。この手の開発は、可能な限り透明化し、説明し、確かなデータで裏付けすることができるのだという良い例となるでしょう。
マヨラナ量子プロセッサーを開発するにはまだ何年もかかり、成功する確証はない マヨラナ・ゼロモードの実証は、量子ビットを作ることとは違います。Microsoftは、まず物理的に量子ビットを作り、それらを組み合わせて論理的な量子ビットを作る、そしてさらに何百万という論理的な量子ビットを組み合わせ、プロセッサを作成する必要があります。その実現には多くのステップが必要であり、同社はそのプロセスを開始したばかり。また、未知の問題は沢山あり、理想とするプロセッサの開発を大幅に遅らせたり、完全に妨げたりする可能性があります。
トポロジカル量子ビットは、エラー率を大幅に削減はするけれど、ゼロにすることは出来ない トポロジカル量子コンピュータは誤り訂正を必要としないものである、と考えた人もいるかもしれません。それは間違いです。このコンピュータは、論理量子ビットに対する物理量子ビットの数を大きく減らすことができると考えられています。しかし、実際にどの程度減らすことができるのか、今のところ誰も知らないのです。同社は、マヨラナベースの量子ビットに使用するための「フロケ符号」と呼ばれるものを研究しています。制御電子機器からの信号にノイズが入るなどの問題や、その他の未知の問題があるので、結果的にエラー率が予想以上に高くなる可能性があるために。
価値的というには早すぎる ビデオでChetan Nayak博士は、25%強のデバイスでマヨラナ・ゼロモードを見ているに過ぎない、と指摘しました。話によると、マヨラナ構造の作製に必要な条件は相当厳しいようで、信頼性の高い量子プロセッサを作るためには、歩留まりの向上が大幅に必要なようです。
他にMicrosoftのアプローチで興味深いのは、数百万の量子ビットプロセッサーを、ひとつのモジュールで構築するという点です。私たちが耳にした多くのアプローチでは(IBM、Google、IonQ、PsiQuantumなど)、量子インターネットでネットワーク接続された、複数のモジュールを使用し、大規模なプロセッサ・クラスターの作成を目的としていました。Microsoftのモノリシックなアプローチがうまくいくようなら、スピード、サイズ、その他の利点があるかもしれません。
もう一つ。同社は、トポロジカルベースの量子コンピュータにとって重要となる2つの技術に取り組んでいることを紹介します。
マヨラナ量子ビットそのものだけでなく、ハードウェアで訂正しきれないエラーを除去するために、前述の「フロケ符号」の誤り訂正コードも研究しています。また、クライオCMOSを用いた制御電子回路も重要な技術です。このような大規模なシステムでは、制御信号を量子ビットチップに送るために、現在使用されている個々のケーブルが作り出す鼠の巣のような配線よりも、改善されたソリューションを見つけることが必須となるでしょう。低温で動作する低消費電力のクライオCMOSチップを開発できれば、制御チップが量子ビットのすぐ近く、あるいは同じダイ上に配置されるので、配線が大幅に簡素化されるでしょう。
まとめとしては、Microsoftのチームが、ここまで多くの努力と苦労をしながら、このマイルストーンの達成を祝福したいと思います。しかし同時に、実用的なプロセッサを作るためには、まだまだ多くのハードルが残っていて、超えるべきことが沢山残されていることも認識しておきましょう。
※参考
◆マヨラナ粒子
https://en.wikipedia.org/wiki/Majorana_fermion
◆Ettore Majorana
https://en.wikipedia.org/wiki/Ettore_Majorana
◆Microsoftのプレスリリース
https://news.microsoft.com/innovation-stories/azure-quantum-majorana-topological-qubit/
◆研究ブログ
◆Youtube
https://www.youtube.com/watch?v=Q8CHms4ixYc
◆論文「Protocol to identify a topological superconducting phase in three-terminal device」
https://arxiv.org/abs/2103.12217
◆Google Quantum Supremacyの論文
https://www.nature.com/articles/s41586-019-1666-5
◆「フロケ符号」の研究
https://arxiv.org/pdf/2202.11829.pdf
◆クライオCMOSを用いた制御電子回路に関して
(翻訳:Hideki Hayashi)