コラム:「ブラインド量子コンピューティング」 クラウドとオンプレミスのジレンマ、そして解決策


私たちは、少なくてもこの10年間は、量子コンピュータの利用について、ユーザー側のオンプレミスではなく、外部ベンダーのクラウド使用が大半を占めると予想しています。オンプレミスでの導入は、ロジスティック上の課題が多く、困難が見込まれているからです。例えば、コンピュータの初期購入費用、ベンダーによる頻繁なハードウェアやソフトウェアのアップグレード、信頼性の問題、大規模な保守・校正の必要性、予備部品の入手、複雑な設備要件、高価なマシンから高い稼働率を引き出すための手間、などなど。


しかし、クラウド導入にはデメリットもあります。最も大きなものは、ユーザが完全に自分のコントロール下にマシンがないということです。このことは、セキュリティやプライバシーに関する潜在的な懸念があるということなのです。クラウドベンダーに悪意を持ったものがいた場合、データや量子アルゴリズムが盗まれたり、遠隔地のユーザーに多くの問題を引き起こすような悪事を働くなどの危険はなくなりません。このデメリットは、古典コンピューティングも同じです。現在でさえ、人々がクラウドベースのコンピュータの使用を躊躇する理由の1つではないでしょうか。


古典的なコンピューティングの研究分野のひとつに、準同形暗号と呼ばれるものがあります。これは、ユーザーが自分のデータをまず暗号化してから、クラウド上のコンピューターに処理を依頼します。クラウドのプロセッサは、データを暗号化したままでアルゴリズムを実行し、暗号化された結果をユーザに送り返すことができます。ユーザーはその結果を復号化し、望んだ答えを得るわけです。クラウドベンダーの本来意図しない人が、入出力データを盗むことはできません。データは暗号化されたままなので、ユーザーにとっては非公開と同等だからです。しかし悪意のある誰かが、使用されたプログラムを入手することは可能であり、潜在的な問題であることに変わりはありません。準同形暗号では、プログラムやマシンが計算したアルゴリズムを隠すことができないのです。準同形暗号は、やく考えられたアイデアですが、リモートサイトで信頼できないコンピュータを使用している人にとっては根本的解決策とはならないでしょう。


そこで、ブラインド量子コンピューティングはさらに一歩進み、入出力データだけでなく、遠隔地のクラウド型量子コンピュータで使用されているプログラムも隠せるものになっています。この方法は、クラウドにある量子コンピュータと、量子インターネット接続をする必要がありますが、オンプレミスと同じレベルのセキュリティとプライバシーを、ロジスティックの問題なしに提供できるかもしれません。ブラインド量子コンピューティングとその関連プロトコルについては、Natureのウェブサイトに掲載されている記事を参照してください。


さて、ブラインド量子計算を得意とする企業ですが、シンガポールにあるHorizon Quantum Computing社があります。同社のCEO、Joe Fitzsimons氏は、2008年にAnne Broadbent氏、Elham Kashefi氏とともにこのプロトコルを初めて発明し、また同社のチーフサイエンティストであるSi-Hui Tan氏は、量子同型暗号に関する多くの密接な関連成果を上げています。


今回、シンガポール国立研究財団とシンガポール国立大学(NUS)が発表したシンガポールの国家量子安全ネットワーク(NQSN)の構築に、Horizon社が選ばれました。このネットワークは当初、シンガポール国立大学内に2つ、南洋工科大学(NTUシンガポール)内に2つ、Horizonに1つ、その他政府や民間企業の敷地内に設置されるなど、シンガポール全土で10個のネットワークノードが光ファイバーに接続される予定となっています。この量子ネットワークプログラムに投入される予定の資金は、3年間で850万シンガポールドル(約7.3億円)。この取り組みの主な目的は、強固なサイバーセキュリティの提供手段の開発です。政府の通信システム、エネルギーグリッドなどの重要インフラ、医療や金融などの機密データを扱う企業などの重要インフラを守るために。


主な研究分野は、量子コンピュータによる一般的なデータ通信の攻撃に対する完全なセキュリティを実現するための量子鍵配送(QKD)と、ポスト量子暗号(PQC)の実装です。また、ブラインド量子コンピューティングは、NUSとのMoU(Memorandum of Understanding)で想定している研究分野の一つです。Horizonはそこで、セキュアな量子コンピューティングのための重要なビルディングブロックをデモンストレーションする予定です。


シンガポールの国家的な量子安全ネットワーク構築計画や、Horizonの本プログラムへの参加に関する詳細は、NUSのプレスリリースをご覧ください。また、Horizonの本プログラムへの参加に関するプレスリリースをあわせて下記にリンクを用意しておきます。



※参考


◆準同形暗号

https://en.wikipedia.org/wiki/Homomorphic_encryption


◆ブラインド量子コンピューティングとその関連プロトコル

https://www.nature.com/articles/s41534-017-0025-3


◆Horizon Quantum Computing社

https://www.horizonquantum.com/


◆NUSのプレスリリース

https://news.nus.edu.sg/national-quantum-safe-network-that-provides-robust-cybersecurity/


◆Horizon社の本プログラムへの参加に関するプレスリリース

https://www.horizonquantum.com/news/horizon-quantum-computing-to-become-a-node-on-singapores-quantum-safe-network



(翻訳:Hideki Hayashi)

提供:Quantum Computing Report