コラム:PsiQuantumに迫る


Elon Muskが自動車会社を設立しようとしたとき、おそらく善意のアドバイザー達は「Elon、自動車会社を設立するのは非常に難しい。しかも最初から電気自動車にするのはさらに難しい」と言ったでしょう。「なぜ、ガソリン車から徐々に電気自動車に移行しようとしないんだい?」と言ったかもしれません。テスラのオーナーのみなさんは幸運でした。彼は聞く耳を持たず、今ではゼネラルモーターズ、フォード、トヨタ、ダイムラーAG、フォルクスワーゲンを合わせたよりも市場価値の高い会社を手にしました。この話の教訓は、技術の飛躍的な向上戦略は、時に大きく有効であるということでしょう。


先日、PsiQuantumの技術責任者であるPete Shadbolt氏とのインタビューの機会を得て、量子コンピュータの開発に向けたアプローチを伺いました。このレポートでは、PsiQuantumが進めている高度なアーキテクチャ戦略のいくつかを紹介します。



NISQの回避


PsiQuantumは、量子プロセッサの技術的なリープフロッグ戦略(技術の飛躍的な戦術)を実現しようとしています。他のどの企業よりも早くこのターゲットに到達するため、NISQを捨て、真っすぐにフォールトトレラントプロセッサの実装を進めています。「商業的に実現可能なすべてのアプリケーションはそれを求めている」と彼らは考えています。その考えは、ユーザが現世代のNISQマシンで行っている今の活動は、有益なことを何も達成できず、その価値はあくまでも限定的であり、ユーザが問題解決のため正しいアルゴリズムを作ることに悪影響がある、ということです。Microosft、Intel、そしておそらくはGoogleなど、他にもいくつかの量子関連企業も同様の見解を持っているでしょう。しかし他社では絶対とはいわず、商業的に重量な量子応用にはフォールトトレラントが必要だが、すべての人に必要ではないと言うかもしれません。



ファブリケーション戦略


もとめるコンピュータを作るには、「産業用半導体製造ファウンドリで、可能な限り高度な製造プロセスが必要である」というのがPsiQuantumの信念です。採用しているシリコンフォトニクス技術では、回路の損失やノイズを最小限に抑えるのに、製造に正確なプロセスが重要であると。


例えば、光子がシリコンのチャネルを通過するとき、チャネルの壁は可能な限り滑らかでなければいけません。もし壁面に凹凸があれば、信号の損失となり、大きな問題となってしまいます。同社のプロセスは、標準的な半導体プロセスを活用しており、Tier1ファブが嫌がるような特殊な材料や原子レベルの製造工程は必要ありません。考慮の末、最先端のプロセスと最も正確なプロセス制御を利用するために、GlobalFoundriesをファウンドリパートナーとして選択しました。結果として、200mmファウンドリからGlobalFoundriesの300mm施設に移行したことで、パターン品質が5倍向上し、シングルフォトン検出器の固有効率が97%から99.7%まで向上したと指摘しています。偶然にも、Intelも同様の戦略をとっており、スピン量子ビットのウェハの加工に先進的な半導体ファブ施設の1つを使用していることをお伝えしておきます。



タイムライン


同社のアプローチからもう一つ重要なこととして「タイムライン」を理解することが挙げられるでしょう。彼らは、100万個の物理的な量子ビットマシンを作るために、必要なすべての製造プロセスが、この10年半ばまでに整うだろうと述べています。製造工程がすべて整ったからといって、すぐにマシンを用意できるわけではありません。すべてのパーツを組み立てて、機能するマシンに仕上げるには、そこからも時間が必要なのです。ユーザが実務に使えるようなマシンが登場するのは、この10年半場よりも後半になるでしょう。



モジュラーアーキテクチャ


時間がかかる理由のひとつは、彼らが採用する重要な戦略であるモジュラーアーキテクチャーのためです。光量子コンピューティングにおけるモジュール化は、光接続の柔軟性と相まって、多くの耐障害性への目論見があります。ビルディングブロックは個々のモジュールの積み重ねなのです。100万量子ビットのシステムを実現するためには、これらのモジュールを光ファイバーで相互接続する必要があります。この技術を選択したことで、他の量子ビット技術よりも容易にアーキテクチャを実現できるといいます。すでにフォトニクスを利用しているので、量子ビットを光ファイバーケーブルで送受信するのに、いちいち変換の必要がないわけです。超伝導量子ビットやイオントラップ量子ビットのような他の技術では、光ファイバーケーブルを使って別のプロセッサチップに送信する場合、まずトランスデューサーを使って量子ビットをフォトニック量子ビットに変換しなければなりません。


また別の問題として、マルチプロセッサの実装において、モジュール間の接続性があります。イオントラップなどの技術では、モジュール内での接続が可能ですが、異なるモジュールにある2つの量子ビットを使用する回路ではそうもいきません。この問題を回避するには、2つの量子ビットの状態を入れ替えるSWAPゲートと呼ばれる回路を使用します。しかしSWAPゲートは、誤りのあるゲートを相手にしていると問題があります。もしも、量子ビットが、ゲートを通過するたびにエラー発生の可能性があると考えてみてください。すると実装上、多くのゲートを使用する必要があれば、重大な不正確性が生じることがわかるでしょう。それを踏まえ、PsiQuantumのエラー修正アーキテクチャでは、SWAPゲートの問題をより小さくしながら使用できるようになっています。この問題を完全に解決するためには、SWAPゲートチェーンの線形オーバーヘッドよりも優れ、より洗練された方法があるかもしれません。しかし、ゲートのエラー率がゼロでない限りは、依然として付きまとう問題ではないでしょうか。


その結果、PsiQuantumの量子プロセッサは、物理的にかなり大きくなることが予想されます。机の下には収まらないし、台所の冷蔵庫の大きさでも無理でしょう。システムは多数のモジュールを持ち、従来のコンピューティング・データセンターのクラスタのような外観になるでしょう。予想通り、大規模なデータセンターと同じ大きさの部屋に設置される予定となっています。



ソフトウェア


PsiQuantumが同社独自のFusion Based Quantum Computingを使用していると最初に聞いたとき、私たちはソフトウェアへの影響を心配しました。現在開発されているすべての量子プログラムは、そのアーキテクチャを利用するために書き直さなければならないのでしょうか?


すぐにその心配はいらないことが分かりました。


どちらかというと、誰もが既存のマシンよりも簡単に書けるようです。どのプロセッサでも、ネイティブゲートと呼ばれる独自のセットを持っています。PsiQuantumマシンでは、プログラマ・インターフェースは、クリフォード・ゲート(S、アダマール、CNOT)と呼ばれるものと、Tゲートで構成されます。これらは、量子コンピュータの初級クラスで教えられる基本となるゲートセットです。現在存在するマシンのほとんどは、これほど単純な実装ではありません。Mølmer-SørensenゲートやiSwapゲートなどのネイティブゲートや、カスタムゲートを使っているからです。コンパイラが量子プログラムを翻訳してネイティブゲートを使用するので、ほとんどの場合プログラマはこれを気にする必要はないのですが、それでもPsiQuantumのマシンをプログラミングする際には、最初から気にする必要がないことは確かなのです。


ソフトウェア企業にとって、「ハードにとらわれない」ことは重要課題の一つであり、アプリケーションはできる限り多くのハードウェアプラットフォームをサポートするよう努めています。PsiQuantumのアーキテクチャに対応したソフトウェアのバックエンドは、簡単に書くことができるので、同社のマシンが発売された時に、ほとんどの企業が楽にサポートすることができるでしょう。


それに加えて、誤り訂正された優等生的な量子ゲートを扱うことになるので、ソフトウェア企業が心配する必要のないことが沢山あるのです。その幾つかを挙げてみました。


  • アルゴリズムの設計では、解の質を向上させるために、ゲートレベルの数を可能な限り少なくする努力が続けられています。そのレベル数が多くなればなるほど、計算に誤差が生じる可能性が高くなりますが、ゲートに誤り訂正機能を持たせれば、レベル数の最適化はそれほど重要ではなくなります。

  • エラーを軽減するために、パルスレベルの制御をする必要もありません。誤り訂正は全てハードウェアの内部で行われるので、プログラマがそれを気にする必要はないのです。

  • 多くのマシンでは、ゲートの忠実度やコヒーレンス時間が量子ビットごとに異なることがあります。時にコンパイラは、アルゴリズムの実行時に、キャリブレーションを意識した最適化ルーチンを実装します。これはマシンの中で、最適な量子ビットを使用するように、回路を物理的に配置するためです。この配置はキャリブレーションの配置ごとに異なる可能性があるのです。誤り訂正されたマシンでは、すべての論理的な量子ビットが同じように完璧な忠実度を持つので、この一連の作業は必要なくなるでしょう。


その他の側面もあります。誤り訂正機能を持つマシンの導入により、プログラマが使用するアルゴリズムも変わってくるかもしれません。例えば、QAOA(Quantum Approximate Optimization Algorithm)は、エラーを減らすためにNISQレベルのマシンのゲート深度を低くするように特別に設計されたものです。QAOAは、古典コンピュータと量子コンピュータの間を何度も行き来して処理を行い、解を得るという仕組みになっています。


また、フォールトトレラントマシンとNISQマシンでは、アルゴリズムが最適化されているかどうかという違いもあります。NISQプロセッサでは、一般的にエラー率を下げるためにCNOTゲートの数を最小にすることが望まれます。しかし、フォールトトレラントなアルゴリズムでは、CNOTゲートはこのエラー率の問題が発生しない代わりに、コストの高いTゲートの数を減らすようにアルゴリズムを最適化する必要があります。NISQアルゴリズムはPsiQuantumマシンでも実行可能ですが、この点を踏まえると、フォールトトレラントマシンでは、よりよく機能する別のアルゴリズムがあるかもしれません。



顧客との関わり


同社のハードウェアはまだ発売されていません。そのため、顧客との関りは少ないと思うかもしれません。しかし、そうでもないのです。PsiQuantumは、他の多くのハードウェアプロバイダとは異なる方法で、顧客との関わりを持っています。実は顧客と一緒に、量子コンピュータで解決したい問題の規模に応じた詳細な論文の分析を行っているのです。彼らは、顧客の問題に対する解決策を提供するために、必要となる正確なビット数、正確なゲート数、解決までの時間、誤り訂正前の必要な物理エラー率を計算しているのです。


一方、現在、顧客が他のハードウェアプロバイダと契約する場合、ほとんどはトレーニングや実験を目的とした、いわゆる「おもちゃのモデル」を使用しています。それでも取り組む価値はあるでしょう。しかし、顧客がそのソリューションを「おもちゃのモデル」から、商業的に価値のある大きなものへスケールアップ可能かどうか定かではありません。スケールアップで状況が変化し、より詳細なペーパー分析をしていればもっと早く発見できたはずの、予期せぬ新たな問題に遭遇するかもしれません。



結論


PsiQuantumは、他のハードウェアメーカーとは異なる道を歩んでおり、そこにはリスクもあるでしょう。彼らの理想を実現するためには、まだまだ多くの仕事が残されています。しかし、PsiQuantumは量子マシンをどのように実現するのか、そのために必要なステップを明確に持っています。また、資金力もあり、大規模で優秀なチームを編成して、残されたエンジニアリングの問題解決に取り組んでいます。一方、他のハードウェアメーカーも、非常に速いスピードで技術を進化させている現在。同社のアプローチが他の量子コンピュータの実装に対してどのように立ち回るかはまだ競争であり、その結果を見るにはあと5~10年待つ必要があると思われます。




References


PsiQuantumは、多くの講演やウェビナーに参加し、また彼らの技術についてより詳しく説明した論文を発表しています。ここでは、彼らの技術についてより詳しく知るために確認できる参考文献をいくつか紹介します。




(翻訳:Hideki Hayashi)

提供:Quantum Computing Report

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